アモエニタス10周年を迎えて

カラーコンシェルジュストーリー その後…

デヴォーラ「カラーコンシェルジュストーリー」は、私がカラーを学び、カラー業界に転職し、独立、挫折、再出発したところまでのストーリーですが、ここからは「カラーコンシェルジュストーリーその後」について書いてみようと思います。

突然の引っ越し 「9」の年に手放したものは

オーラソーマボトル2008年の暮れ、私は自宅の引っ越しをしました。引っ越しについてはブログにもほとんど書いておらず、おそらく、大阪出張から帰ってきた翌日に「明日、引っ越します」と書いただけだったと思います。
が、そこに至るまでは、本当に大変な2か月でした。

その年の秋、イギリスから帰国した5日後、思いがけないカタチで「引っ越し」することになります。それは、予想も予定もしていなかったこと。ひたすら物件探しの日々が始まりました。
自宅の引っ越し(をしなければならない状況)が決まったとき、私はお台場サロンをやめ、実家へ帰ることさえも視野に入れていました。それから1ヵ月半後、自宅兼サロンの物件がほぼ決まり、書類に記入し、その時点で99.9%お台場を去ることを決めていました。

ところが、そのあとさまざまな状況が、二転三転。決まりかかっていた物件さえも白紙に戻しました。結果だけみれば、お台場サロンはそのままで、自宅が今まで住んでいたところからそれほど遠くない隣町に引っ越したという、別にどうってことない結末ではありました。

しかし、そこに至るまでは、自分でも驚くほどのストレスがあったようで、年末には十二指腸潰瘍になっていました。

思いがけず、自分の意志とは関係ないところで決まった引っ越しでした。「いつか引っ越したいなー」と思っていましたが、「いつか」の「いつ」は決まっていませんでした。今まで住んでいたところはあまりに居心地がよく、引っ越す理由も見つからずに年月だけが過ぎていっていました。

数秘でいうと、引っ越しをした2008年は9年周期の最後の年「9」で、手放し、変化を意味する年でした。その1つ前の周期の「9」の年の1999年、私はカラー業界に転職し、翌2000年「1」の年に独立をしています。
2008年の暮れは、最後にして最大の手放し、変化、新たなスペースづくりの引っ越しだったのかもしれません。2009年「1」の年、新たな出発のために・・。

両親の前で大泣き 初めて弱音を吐く

私は何かを決めるとき、誰にも相談しないことが多く、引っ越しについてもほぼ誰にも言わず行動していました。近所に住む仲のいい友達にさえ、引っ越しの前日に、借りていた本を返しながら「明日、引っ越すね」と言っただけ。

が、さすがに家族には言わないわけにもいかず、引っ越しの経緯を話しながら、私は家族の前で、おそらく生まれてはじめて、弱音を吐いたと思います。進学、就職、転職、独立、それぞれの決断のなかで、必ずしも周囲の賛成や応援があったわけではなく、むしろ反対されながらも、押し切ったということが多かったので、意地でも弱音を吐くものか、と思っていました。今までは「大丈夫?」と母に電話で聞かれても「大丈夫。全然大丈夫」と言いながら、切った直後に大泣きをするということもよくありました。

が、そのときは、両親の前でも、相当泣きました。きっと、今までは何があっても大丈夫と言い張る娘が(そうはいっても、大丈夫でないことを知っていたとは思います)初めて弱音を吐く姿に、両親も驚いたことと思います。

お台場サロン3年目~40歳までのカウントダウン

2009年6月、お台場サロンは3年目を迎えましたが、わずか半年前は、その「3年目」が来ることもないと思っていました。さまざまな奇跡の連続、積み重ねで、今、こうしてお台場サロンは続いています。
そして、こうして、アモエニタス10周年を迎えることができたのも本当に奇跡の連続、積み重ねと思います。

20代でカラ―を学び、転職し、30代で独立し、そして、40歳までのカウントダウンが始まった今、「生き尽くした感のある人生」を送りたい、そう思っています。

オーラソーマのコース中に、「ブループリントを生きるとはどういうことか」という話をします。
「たとえ、自分にとっていいことではなく、なぜ、私にこんなことが起こるんだろう、どうして私がこんなつらいことにあわなければならないんだろう、ということさえも、自分自身が用意してきた、合意してきた人生で、それはきっと、『こうすることになっていた』ということなのですよね」

今、さまざまな状況のなかで「なぜこんなに苦しいことが起こるのだろう」という方もいらっしゃると思います。その渦中にいるときは、なかなかそうは思えないと思いますが、そんな状況をつくってまででも、その人に気づいてほしいことがある、越えてこそ得られるものがある、それがギフトなのだと思います。

あなたが帰る場所 あなたに還る場所

デヴォーラアモエニタス10年を迎えるにあたり、もう一度、「アモエニタス」の意味、ミッションを振り返ると、アモエニタスとは、ラテン語で「快適な、心地よい、かけがえのない価値」という意味。英語「Amenity」の語源で、それを辿ると「アモーレ 愛」です。

そして、その言葉には、単に機能的なことばかりでなく、思いやりや真の優しさから創られる美と調和、歴史や風土、そして人間の心理的、生理的効果を含めた上での環境をつくるという意味があります。また、場所や環境の快適さだけでなく、人柄などの「感じのよさ」も意味します。

the right thing in the right place
然るべきものが然るべきところにある
そこにあるべきものがそこにある

「アモエニタス」には、「心根のいい人が集まる場所」という意味もあり、アモエニタスが、
あなたが帰る場所、あなたに還る場所であればと思っています。

しんどいときこそ、辛いときこそ、ひとりではどうしようもないときこそ、どうぞお台場を訪れてください。

おかげさまで、アモエニタスは、2009年7月10日、設立10年を迎えました。
これもひとえに、皆様あってこそと思います。ありがとうございます。
今後も、アモエニタスをどうぞよろしくお願いいたします。

これから、15年、20年、
アモエニタスが、訪れる方たちの「アモエニタス」を創造する場であればと願っています。

アモエニタス 木村応子

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